I have a dream
私にはささやかな夢があった。
主人の実家の飼い犬、雑種の「元太(ゲンタ)」を調教すること。
私がゲンタと出会った頃には既にご老犬だった。
実家で過去に犬を3度、猫を数匹、鳥は何度も飼っていたことがあり、
元来私は動物好きである。
ゲンタは主人を見ると狂おしい程にしっぽを振る。
そして私を見るとまず吠える。
室内で飼うような大きさと種類では無いように思うけど、
ゲンタは何故かいつも台所の隅に居た。
きっと義父が溺愛しているからだろうと思う。
家族での食事が始まると、ゲンタはじっと座って自分の番を待っている。
私が食べた瞬間、狂おしい程に吠えまくる。
お昼ご飯も晩ご飯も、ケーキを食べても果物を食べても。
春夏秋冬、実家に行く度に年中これを繰り返していた。
なんてひつこい奴なんだ。
藤川家にゲンタよりも後に来た私に対し、
ゲンタの中に存在するヒエラルキーなるものがあるのだろう。
皆が「ゲンちゃん」と優しく呼ぶのに対して、「ゲンタ」と呼び捨てする、
私のその態度に腹を立てているのかも知れない。
その態度が良く無いと。
台所に立つ度にハムの切れ端などを持ち、お手とお座りをほぼ強制的にさせていた。
吠えかけながら、座りかけながら、
ゲンタは葛藤しながら私の手の平を殆ど殴らんばかりに力一杯のお手をした。
何しろゲンタは大きく、噛みつかれそうな怖さも感じている私とゲンタとの攻防戦が
一人と一匹の間で密かに繰り返されていた。
立場をはっきりさせる必要がある。
ゲンタの嫌いなものは雷と50㎝の物差し。
雷が鳴ると大きな体で隙間に隠れようとし、
言うことを聞かない時には義父が物差しを持つとお腹を見せて降参をした。
ゲンタをネコ可愛がりしている義父の前で、
ほんの少しはネコを被っている私が物差しを振り回すのもどうかと言う気もして、
義父が居ない隙にゲンタを調教しようと思いながら10年が過ぎた。
ゲンタはヨボヨボしながら散歩も少ししか出来なくなり、そして天国に旅立った。
夜中に何度も起きてゲンタの世話をしていた義父は、言葉には出さないけど、
きっと大きなショックを受けていたと思う。
ゲンタのことを義父に話したかったけど、何を話したいのかも良く分からず、
数年間はゲンタの名前を出すのをためらう時期もあり、言えないまままた10年が過ぎた。
何故かゲンタとのことをしきりに思い出し、それを不思議に感じる。
このコラムを通して義父に語りかけてみようと思う。
私にはささやかな夢がありました。
それはゲンタを調教することです。
そして遂にその日はやって来なかったけど、
本当はゲンタと仲良くなりたかったことを。
天国の住人となった義父に祈りを込めて。
2018年8月18日
ドクターリセラ株式会社
Recella Academy 藤川知子